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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(あ)1071号 決定

本籍

釧路市武佐一丁目七番

住居

同 栄町一二丁目一番地 コーポラスタカハシ

会社役員

高橋房一

昭和二〇年一一月五日生

右の者に対する常習賭博幇助、所得税法違反、法人税法違反被告事件について、昭和六一年七月二二日札幌高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人佐藤敏夫の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

○ 上告趣意書

常習賭博幇助・所得税法違反・法人税法違反

被告人 高橋房一

右被告人に対する頭書被告事件につき、札幌高等裁判所が昭和六一年七月二二日言渡した判決に対し、さきに被告人から上告の申立をしたが、その上告の趣意は左記のとおりであるから、御審議のうえ適正な御裁判を賜りたい。

昭和六一年一〇月二〇日

右辯護人辯護士 佐藤敏夫

最高裁判所第一小法廷 御中

原判決は、刑の量定が甚しく不当であってこれを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

すなわち、原審は、本件犯行につき被告人を懲役一年六月と罰金一、二〇〇万円に処した第一審判決を破棄したうえ、改めて被告人に対し懲役一年二月の実刑と罰金同額を言渡した。

なるほど、原判決もいうように、被告人に本件賭博犯行当時の累犯前科があるうえ、現在もなおいわゆる暴力団組織の幹部であること、本件中核犯行というべき税法違反事犯が総額一億二、八〇〇万円余の巨額な脱税事犯であること、その脱税の方法も収入記録を破棄し或いは仮名預金口座に入金する方法によって収入を隠匿し確定申告を怠ったもので悪質評価を受けても止むを得ないものであること、本件賭博事犯もその収入に係る事実の一環としてなされていること等を考えると、原審が一応一審判決の量刑を不当として破棄しながらも、その懲役刑を四ヶ月軽減したのみで、同じく懲役一年二月の実刑を科したことも一応尤もなところとして首肯できないでもない。

しかし、本件の被告人にはそれぞれの次のようなこの際量刑上有利に斟酌されて然るべき諸事情があり、これらを総合すれば被告人に対する原審量刑は懲役刑の刑期の点は兎も角刑に執行猶予を付さなかった点と罰金額の点において、なお些か量刑過重で不当というほかはなく、原判決は破棄を免れないものと思料する。

一 賭博事件について

本件賭博事犯は、起訴状自体からも明らかなとおり常習賭博の幇助事犯に過ぎず、しかもその態様は被告人が代表取締役であった原審相被告人株式会社高房がその営業上賃貸していたゲーム機を使用して賃貸人がその経営する喫茶店を犯行現場として同店に訪れた顧客二名を相手方として賭博を常習的に実行したというもので、半ば公然性は認められるとしても特に悪質なものとは到底認められないし、しかも犯行はただ一回に止まり、被告人がこれにより得たと認め得る利得も比較的小額であることなど、この際被告人のために有利に斟酌されるべき犯情は少なくない。

さらに、本件摘発時に同種ゲーム機を多数押収し、その後本件公判の結審まで相当長期の日時があって十分解明が可能であったと思料されるにもかかわらず、賭博事犯についてその後捜査が継続された形跡が認められず、事後は専ら本件脱税事犯の解明に捜査の重点が移行したもののようであり、その結果からみても本件全体の核心はむしろ脱税事件にあるといっても過言ではない実情にある。一応の悪質性は否定できないとしても、その程度評価については右の実情を特に御考慮願いたいところである。

二 各税法違反事件について

1 犯行の手段方法は、事業利益を仮名の定期預金にする方法で所得を秘匿し、当然その秘匿部分を所得申告しなかったもので、一審判決がその(量刑の事情)説示欄で指摘するとおり悪質性は否定できないが、右の仮名預金については、被告人が特に他と異なる細工をしてのことではなく、市中金融機関である信用組合が一般顧客を相手にむしろ蓄財方法として勧奨して広く実施していたというのが遺憾ながら実状であり、このような隠匿的な蓄財方法はいわゆるマル優制度の存廃と共にその乱用が国会をはじめ国の財務当局がその対策に苦慮していることも今や公知の事実に属するといってよく、被告人の程度を越える脱税事犯も決して少なくない実情にある。被告人が暴力団関係者であることや一罰百戒の趣旨も理解できないではないが、やはり右の如き一般社会の実情も量刑上背景事情として十分考慮されて然るべきものと思料する。

2 本件ほ脱税の支払いについては、所管の札幌国税局の温情により、被告人所有の土地一〇筆と現住家屋を担保に提供したうえのことではあるが一応長期分割支払を可とする方法が許されることとなり、昭和六〇年一〇月から月額一〇〇万円の支払いを継続中である。

この支払条件や現実の支払額は規模を同じくする同種事犯の場合に比し確かにゆるやかでもあり小額でもあるが、納付すべき脱税額が確定した時期が晩秋で不動産の売却処分が不可能であったこと、被告人が暴力団関係者であることが明白となったことにより、地元の市中金融機関から全く融資を受けられない事態となったことの特殊事情によるものである。しかし、被告人も決してかかる長期支払の方法に甘んずる気持はなく、むしろ、可能な限り早期に全額の支払いを終えたいと切望しており、現に原審の保釈出所後金策に奔走し、四月四日付で一、〇〇〇万円の納付を実現したのをはじめとし、その後二回に亘り合計三、〇〇〇万円を追加納付するに至ったものであり、些か遅きに失するうらみはあるとしてもその誠意は十分に評価されて然るべきである。この点に対する原審の評価は不十分であるといわざるを得ない。

3 その他の情状

イ 被告人の前科関係

被告人の前科関係は冒頭に指摘したとおりであり、本件各犯行が最終前科にかかる犯行と累犯関係にあることは明らかであるが、いっほうにおいて刑法二五条一項二号の規定により原判決当時はすでに執行猶予の言渡をも受け得る法的資格を有するに至っていたこともまた明らかである。そして、その間の日時の経過が専ら本件各税法違反事件の捜査上の必要によるものであって、被告人による故意の公判引きのばしなどによるものではなかったことのも一件記録上明白なところである。本件のごときいまや税法違反こそが中核犯行と認められるに至った事犯については、この被告人の前科事情も前掲刑法の条項の趣旨に照らし十二分に御考慮願いたいところである。

ロ 被告人の生活態度

被告人が現在なおいわゆる暴力団幹部であることは遺憾なところではあるが、その実情をみると、日常全く暴力団活動はしておらず、珍しく事業専念型で、遊び事も酒も一切やらず、毎日午前五時頃から護八時頃まで仕事一途の生活を永年押し通してきている。

そして、その仕事熱心が評価されて、一般になかなか資格修得が困難とされている煙草小売人の資格を昨年末与えられた程である。

事業利益の処理方法を誤まり本件事犯には至ったが、右の如き生活態度にはそれなりの御評価・御斟酌を賜わりたいのである。

以上指摘の諸事情に照らせば、原審判決は甚しく過重不当であってこれを破棄しなければ著しく正義に反すると思料されるので、刑事訴訟法第四一一条により本件申立に及んだ次第である。

以上

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